1_金輪際

小さい頃、多分小学生だ。

夜の高速道路、後部座席でまどろんでいる。ハイウェイを走る等間隔の振動が眠気を誘う。両親の背中が見える。たくさん遊んで、疲れた。まだ起きていたいけど、寝てて良いよーとか言われて、流れる照明灯を見ながら目を開けたり閉じたりする。そしていつの間にか寝てしまう。気づかぬ内に家に着き、暖かい布団に運び込まれる。そういう記憶は多分皆あるのだろう。小さい時の思い出は、なんだかドラマチックな色彩で、掛け替えの無いものに感じられる。

そして、今現在、我が息子がそんな世界を生きているのだ。そうゆう事実は結構感動する。彼にとって、運転席の父親は即ち僕なのだ。隣の母親は僕が就職活動中に出逢った女性ある。僕にとってぱっとしない休日の軽いドライブでも、息子は将来、なんかソレを良い感じに回想するのかも知れない。ローソクの火を消したり、凧をあげたり、怒られて泣いたり。笑う時は本当に楽しい時だし、泣く時は本当に悲しい時なんだろう。隣で見ていて愛おしい。我が息子は今どんな景色を眺めているのだろうか。

 

息子は今、布団に寝そべり、りんごジュースのストローをだらしなく咥えながらタブレット端末に齧り付き、下品な動画を見ている。人形の服を脱がし、ケツに糞を模したチョコレートを塗る動画だ。本当に最低だと思う。止めろと言っても聞かないのだ。取り上げて、縞次郎とかに切り替えても、2才で習得したスワイプ、タップで巧みに関連動画を辿り、目当ての下品な動画を見つけてしまう。中年男性が雪山を走り回る動画。グロテスクな蜘蛛の玩具を皿に盛り付ける動画。「鬼は外、福は内、城之内」という掛け声で遊戯王に出てくるキャラクターの面をつけた変質者が飛び出す動画。俺より年上と思しき不潔なオッサンが幼児用の玩具を自慢する動画(玩具を開封する際の「あけまぁす」という口調を最近真似し出した)。

製作者には申し訳ないが、本当に内容ゼロのゴミコンテンツである。人生の消耗だし、疑問の余地なく教育に悪い。漏れ出る音を聴くだけで脳がスポンジ化しそうだ。しかしいちいち再生回数が10万とかいってるのが腹立つ。邪!魑魅魍魎ども。俺の息子に近寄るな。息子には一流の物に触れてほしいのだ。許可できるのはピコ太郎とヒカキン、あとはperfumeのPVくらいのものだ。

こんな下品な板は取り上げ、川に投げ捨てるのが大黒柱たる私の役目。父の威厳を見せなければ。彼の幼少期の美しい思い出が尻に塗られたチョコレートや飛び出す城之内克也で埋まってしまう。しかし奮起して取り上げると泣き喚きパパあっち行けと言われる。手が付けられないから、あっち行く。なんだか威厳ある感じじゃないなー。尊敬される父親でありたい。しかし彼も、若干4才の身で保育園にフルタイムでお勤めしてる身である。週5日、9時から18時まで。保育園も上下関係とか派閥とか心労半端なさそうである。1日の終わりに、自宅で気兼ね無く下品な動画を見る権利くらいあるのではないか。そう思いつつ数年。我家に響くフリー素材のBGMや効果音。彼の将来に幸あれ。

 

家族共用の端末を独占されているので、機種変更した我がアイフォーン6Sを息子にあげてはどうか、と妻から提案があった。承諾しかけたが、待てよ。僕の旧端末に保存されている下品な動画や閲覧履歴が息子に紐解かれると非常に卍なことになる。「なんか調子が悪いから待って」と雑な嘘を吐いた。単身赴任中の自宅に一時避難させ、データ初期化を図る途中、落として画面が割れた。妻にはまだ言っていない。僕は悪い報告が苦手なのだ。